レヴィナス
哲学は好きである。
ハイデガーやスピノザなども良いが、レヴィナスも好き。
最近、岩波書店から、翻訳が出たし、ついでに新規に買ってしまった講談社の文庫本なども、今年に入ってからも読んでしまった。
顔、他者、時間と存在・・・。
うぅん、考え出すと面白い話題をいつも出してくれている感じかな。
哲学は好きである。
ハイデガーやスピノザなども良いが、レヴィナスも好き。
最近、岩波書店から、翻訳が出たし、ついでに新規に買ってしまった講談社の文庫本なども、今年に入ってからも読んでしまった。
顔、他者、時間と存在・・・。
うぅん、考え出すと面白い話題をいつも出してくれている感じかな。
ヴァレリーのセレクション集を読んだ。
鋭くは無いが、外してはいない文章といった面持がして、何となく読むというより、ただ読むしかない気がしている。詩に関する指摘について、共感は感じたかな。街やその界隈の雑踏を、ただ見ているだけではない様子も良いかもしれない。
『数学の不思議』2005年5月出版で翻訳されていた。本屋で見出す。
素数、特にゴルドバッハの推測にしても、2元と3元の推測があると言う。
各奇素数を構成する素数の分布「ゴルドバッハの彗星」とか、1は、ゴルドバッハの時代には素数と見なされていたなどと、いう興味深い事実も記されている。
素数や数論は結構好きだが、こういうものを読むたびに、奥深さを感じるなぁ。
中学時代に、書店で購入した時は、3部作をそれぞれ2冊づつの合計6冊だった(追補篇は6冊目に所収)。
図書館でハードカバーのものを含め、何度読んだか分からない(ハードの方は3冊だった気がする)。
今も、冒頭の詩を諳んじているほどだ。
あれから、20年か...。
でも、最近書店で見かけるのは、白いカバーの文庫本である。冊数も6冊より多いようだ。
しかも一部、新訳なのである。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4566023710/249-7197958-8630757
新訳では、ホビットのサムの「東北弁」が修正されているのかは、未確認だ (映画では違った)。
例:「~ですだ、フロドの旦那。」
「~を見ましただ。」
庭師だからって、東北訛りは無いだろう...? しかも、同じホビットでも、サムだけだぞ...。
中学時代、ある社会科の先生が授業中、絶対に謎だという。
それは、海の中には無数の魚がいるのに、なぜ、「死んだ魚」がいないのだろうか?と言う。
先生が実はそうした本があって、それを読んで以来、眠れないんだヨとこぼす。
「死んだ魚を他の魚などが食べているせいだ」
と、じゃぁ早く眠れるようにしてあげよう(?)と、単に授業をあらぬ方向にもって行きたいだけの僕らは、
いろいろみんなで意見を出した。
だが、先生は、そうしたことは既に本に書かれているんだヨと言って、結局謎なんだってサ、
と、とりあえず幕を下ろした。
鯉ヘルペスや鳥インフルエンザで打ち騒ぐニュースを見ていて、ふと何故か思い出した。
あれって、今も謎なのだろうか?
Webで検索したら直ぐ出てきて、以下のサイトで書いている人がいた。
http://homepage2.nifty.com/ALABAMA/book/Book-001-050/B-045-shindasakana.htm
バシュラールによる詩論である。
僕は、詩篇や断章は好きである。
読むよりも、むしろ書く方である。
空間と時間、存在と認識。これらをめぐる議論は哲学のそれだが、
光と晦冥は、僕のそれである。
存在は空間を占めるが、
光と晦冥は僕の中を占めているのだ。
バシュラールの倦怠的な文章を読んでいて、
詩篇や断章を書き溜めることを久しぶりにしてみたのだった。
Googleで検索したら、この本だ。
画像的にも間違いなし。これだった。
別に薦めているわけではないけど。
誕生日事典
著者 : ゲイリー ゴールドシュナイダー, ユースト エルファーズ, Gary Goldschneider, Joost Elffers, and 牧人舎
製造 : 角川書店
媒体 : 単行本(ソフトカバー)
価格 : 2,800 円
ISBN : 4047913510
某『金持ち父さん』シリーズ本の側の棚にあって、ふと手にとって見た本が、タイトルは忘れたけど、「星座占いの本」だった。365日毎に、それぞれの運勢とか、性格?や、その人間の特徴をはじめ、タロットでこの生まれの人を1枚のカードで示すとコレとか、それはそれでハマリそうな内容ではあった。
でも、この本のタイトルは忘れた。著者名も忘れた。それらはどうでも良かったので大して見もしなかったからだ。
それで?、6月15日生まれの僕をタロットで表現すると…?
…何々(興味津々)?
・・・「悪魔(サタン)」だった。
「人を魅了し、魅惑的な言動で人を引き付けます。」
「・・・意のままに周囲や人々を動かしたがる…。」
「・・・(以下略)…」
そぅかぁ?
当たってないぞ、きっと。
だが、サタンは堕天使で、元は天使である。
あなたは光と闇、正と邪のハザマに生きているんですよ…、と言われた方が、そうなんですよ・・・,と言ってしまいそうだ…。
とりあえず、研究者としての「同業者」意識から読んだわけでもないが、
アメリカの大学院留学経験を持ち、無事(!)に博士号を取得した人の本である。
僕は、留学経験は無いが、してみたいと思っていた(る)こともあって、パラパラと読み始めてみた。
確かに、学位を取得することは、非常に大変であることは、知り合いのPh.D取得者などをみていることもあって、知ってはいるけれど、改めてこうした話を聞くとその大変さを痛感する。
こんな人には向いていないとか、学術論文や著書に関する記述もあった。英文で、しかも審査付きのそれらに所収されることの意義や重要性,そして困難さも指摘されている。それはそうでしょう、と変に投合した。英文で論文を書き、専門学会誌や国際会議でのフルペーパーを通すことの大変さを「身をもって」知っている。海外の査読者達からイジメラれつつ、有用なコメントをいただきつつ、研究論文としてまとめて、通過した時の喜びは、文字通り「タイトル」を獲ったという感じになれる。英文で論文を書くという行為のいい点としては、日本語の論文もいい影響を受けて、精度の高いものがかけるようになって来た気がする。悪い点としては、結構、手間もかかるということである。
全体的に、ふぅん、そうそう、と相槌を打って、買わずに全部立ち読みで済ませてしまった。
結構、面白かった。
養老孟先生の本である。
「バカの壁」というタイトル自体が良く分からなかったが、何となく、つまらなそうだったので、無視していた。
でも、とうとう、好奇心を押さえきれずに書店で山積みになっているのを1冊取って読んでみた。
一体の何のことかと思って斜め読みしてみると、畢竟、自己と他者,そして「世界」に対する度し難い、認識の「欠陥」めいたことを指しているらしい。そうしたことが契機で人間関係,集団などで、いろいろなトラブルが起きるし、そうした視点でみていくといろんなことが理解できるますよね,と言っている感じだ。
そういうことなら、僕自身、社会心理学関連の実験研究をして検証したこともあるし、
世界中の社会心理学者が実験などでそうしたことは検証している。僕も修士学位論文で認知脳科学のデータや知見を踏まえた研究をしてみたこともあるだけに、解剖学や脳科学に詳しい著者の視点で新しいのは、逆に、端的に「バカの壁」と表現している箇所くらいだった。
なんだぁ、要するにそういうことか。
ということで、それ以上読むのも、買うのもやめた。
そういう理解の仕方自体が、「バカの壁」なんだよ、と、
突っ込みを入れられてしまいそうな気もするけれど。
昨日、ある情報システムに関する英文書籍の章として、僕の論文を採択するというメールが届いた。
審査に通ると思っていなかったので、かなりうれしい。
海外の出版社から出される本にはいる書籍所収論文としては、これで5本目くらいだったかな。
それと、学術和文誌の論文もつい先日やはり採択されたので、うれしいことが続いている。
で、たった今、別の英文論稿もWebから送信した。
さて、今回はどうだろう...。
和辻哲郎の『イタリア古寺巡礼』は、イタリアの特に有名どころの寺院,ようするに多くは教会を歴訪する旅行記のようなものである。ボローニャに関しては、少し記されているだけだが、一応、見るべきものは見た様子ではある。
もっとも、イタリアは、どの街も市内全体が美術館めいたところだし、逆に印象に残るものがなかったのかもしれないと思う。だが、一方、かのゲーテは、詳細に記しているので、対照的な感じがする。
かのゲーテと比較するのは酷だろうか...。
文豪ゲーテは、生涯、各地を旅して回ったようだが、その旅行記として、『イタリア紀行』は、その代表的なものである。
僕がイタリアを訪れたのは、2002年で、ボローニャを見て回った。特に、塔に登って、ボローニャ市内を見渡したが、ゲーテもこの地を訪れた際に、この塔から市内を展望したと記されている。同じような感慨に耽っていることが記されていて、ある種の共感を覚えた。
『複雑系』に関しては、色々と思い出がある。
この『複雑系』ほど、良い評判だけを聞く専門書もない。大抵どの専門書にも批判めいたことを述べる向きはあるものだが、これに関しては、世代を問わず聞いたことが寡聞にしてない。
これまで聞いた良い評判を思い出すと、幾つか思い浮かぶ。
1度目は、大学院時代、社会情報理論に関する御大が、ご機嫌に話をする中で、この『複雑系』の話が出た。当然、面白いから是非読んでごらんと言う。ノーベル経済学賞と物理学賞を受賞した人達の卓越した議論が参考になるとその日一日は、そうした話ばかりだった。
2度目は、T先生の大学院講義に参加させて頂いた時である。最初のイントロダクションでいきなり、この『複雑系』の話だった。最近読んだ中では一番面白い本だね、とやはり先の御大同様ご機嫌だった。お得意のお手製シミュレーションプログラムを幾つか走らせて、やっぱり何故かご機嫌だった。
両方の先生に共通しているのは、かたちがないところにかたちが出来ていく様を面白がる点ではないかと思う。そして、僕にもそれは共通している。こうしたものを見て何も感じない人や、「だから?」という人は、こうした研究分野に縁のない人である。構造の創成と、変動、そして創発特性。これらの醍醐味は、確かにこれまでの研究を通じて、こうした先生の話の中で考えてきたことには違いないと思う。逆に、両先生の相違は、比較的理論を重んじているか、シミュレーションを重んじているかではないかと思っている。
僕自身も、これらの話を聞くまでに一度大学の図書館で借り出して読んでいて、『カオス : 新しい科学をつくる』(新潮社)と同様に面白い本だと感じていた。
一番興味深かったのは、遺伝的アルゴリズムの創始者とされるホランドである。途中から登場してくる彼の存在は、本の終わりに近づくにつれ、日増しにその存在が大きくなっていく感じがした。
ホランドは、心理学、認知科学系の方面でも顔を出す人で、『インダクション』とか、いろいろな本でも執筆者として登場する。
僕もJavaで試しに作ってみたものをWeb上で既に公開しているので、良かったら見てください。
(http://homepage3.nifty.com/~shibuya-kazuhiko/delve/sim/Mandel.htm)
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